聴講者からの声(2)

<生きるとは>

野球少年だった頃の写真
野球少年だった頃の写真

 目の不自由な人は私の想像以上に辛く大変な思いをしてたんだなと勉強になりました。親戚にも足が不自由な人がいます。でも、目が見えなくても足が使えなくても一生懸命生きていることがわかりました。
(特別授業・小学5年・女子)

 中学2年生までは視力を失っておらず、部活をやり勉強もして普通に暮らしてきた。目が見えなくなってからは友人や先生に助けられながら勉強などをしてきたという話を聞いて友達の大切さ、仲間と呼べる人達の大切さを改めて学んだ。
(ふれあい講演会・中学3年・男子)

 中学の時にベーチェット病にかかり光を失い始めたなんて始めは可哀相だと思ってしまったが、話を聞いているうちに、尊敬する部分が沢山あり、人の生き方に可哀相などないし、思ってはいけないことだと反省した。社会のハードルを超えて努力する。自分も高校生活3年間、その先の人生、沢山の苦しいことがあり、壁にぶつかることも多いと思うけど、困難に妥協せず自分で道をつくっていける人間になりたいと強く感じた。
(進路講演会・高校1年・女子)

 私の母も障害者で、20年間の介護をしてきました。色んなことで不便なこと、理不尽なことはありましたが、これまで深く人権とは何かについて考えてくる機会がありませんでした。今日の話を聞いて、人権は特別なものではなく、誰しも支え合い、思いやりをもって社会の中で生きていく。自分のことだけでなく、相手のことを考える。母の介護に改めて人権の重さを感じさせられました。
(人権講座・PTA関係者)

 命の尊さを認識し、多文化共生において違いを認め合うこと。人権には法律は不可欠ですが、それ以上に、思いやりとか、理念が重要であることを実際の話から知ることができた。行政の役割も大切ですが、思いやりの心を育てる家庭や学校の教育こそかぎになることを再確認させられました。
(人権講座・教員)

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