学校講演会記録(1)

<仲間に支えられて>

 私は小学生までは健康だったのですが、中学2年生の時に難病にかかり、そのために視力がしだいに衰えていき、卒業時にはほんのわずかしか光が見えなくなってしまいました。目の炎症がひどい時は学校を休みましたが、クラスの仲間が授業のノート、給食のパン、励ましの声を録音したカセットテープなどを届けてくれましたし、学校でも黒板や教科書の文字を読んでサポートしてくれました。こうした心優しい友人達が、目に障害を負って孤立しがちな私の学校生活においても、自分の居場所と存在意義を与え続けてくれたのです。

 盲学校の高等部に入学しても病状は進行し、高校2年生でまったく見えなくなりました。すごくつらかったのですが、私にとっては、同じ境遇で悩む盲学生の支えこそ、実際の行動面でも、また学習や心の結びつきにおいても、大変助けになりました。ただ残念なのは、こうした助け合いは盲学生同士の間だけに限られがちで、見学に訪れる高校生達と深く交流することはできず、特殊教育とは言いながら社会から孤立してしまう盲学校の実情を思い知らされたことです。

 大学に進学してからも、中学生の時と同様、目の見えない自分が他の学生達と同様にやっていけるか心配でしたが、クラスの仲間に助けられ、キャンパスなどで迷ってもすぐガイドしてくれました。支えられたのは勉強の面だけではありません。私は吹奏楽部に所属しましたが、フルートを通してもまた多くの友人と親しくなれました。

フルートを吹く写真
フルートを吹く写真

 先生方の指導や家族の協力は勿論ありましたが、こうして考えると、身近な仲間の存在が、どんなに支えになったかわかりません。それに嬉しかったのは、私と接した仲間が自分達も成長できたと話してくれたことでした。そういう関係のなかにこそ、問題をともに乗り越え、互いに学び合うという学校教育の原点があるように思うのです。

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